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 竹田陽一先生をご紹介しましょう。

           竹田陽一先生

 中小零細企業向けの経営コンサルタント、ランチェスター戦略の講演家として名高い竹田陽一先生。

 1938年10月生まれ。福岡県久留米市出身、福岡大学経済学部卒業。職歴は建材メーカーで経理と営業を担当したあと、28歳のときに企業調査会社に転職。中小企業の信用調査と倒産会社の取材および営業を担当され、営業面では入社3年で九州で1位になり、5年で全国1位になった実績を残されています。

 企業調査会社在職中に営業活動の一環で講演活動を始められ、1983年、45歳の時に一念発起し同社を退職。そして今に続くランチェスター経営株式会社を創業されます。

 ランチェスター戦略とは、1914年10月2日にイギリスのフレデリック・ランチェスター氏が発表した2つの法則が元になっています。それが後に競争の法則と呼ばれ、第二次世界大戦中にアメリカが戦闘に応用し大きな成果を上げます。このやり方が後にオペレーションズリサーチ(実際的問題解決法)という新しい学問を生み出し、それが日本に持ちこまれ、経営戦略に応用されるようになりました。

 竹田先生とランチェスター戦略との出合いは、先生が35歳の時に故田岡信夫氏が語るランチェスター戦略の講演セミナーに参加したのがきっかけです。田岡氏、そしてランチェスター戦略に強く感銘を受けた先生は、田岡氏からその理論を学び、さらに多くの文献を研究し、独自の成功戦略もふまえ、より解りやすく、より実践的な経営理論を生み出します。

 先生はその経営理論を多くの時間とお金を費やして書籍、CD、DVDという教材にまとめられました。現在までに作られた経営教材は書籍は19冊、CDは200巻、DVDは130巻にもなります。竹田ランチェスターを学んだ経営者方々からは感謝の声が多く聞かれ、その理論に感銘し、その教材をより多くの人に伝えたいという代理店が今や多数全国各地で活動しています。

 竹田先生は70歳を超えた現在も全国を飛び回り、得意の『アゴ』を活かして講演活動を続けていらっしゃいます。未だ現役の営業マンです。ご都合の合う方は是非一度先生のセミナーにご参加下さい。先生の分かりやすい説明、そしてそのトークの面白さに2時間釘付けで、まさに『目からウロコ』の体験ができるはずです。

 先生がオペレーションズリサーチから導き出した、『願望53%、戦略40%、戦術7%』という事実。その大切な40%の部分を『竹田ランチェスター経営教材』が教えてくれます。戦略要因を細分化し、ひとつひとつをとても解りやすく説明しているその教材を、私達は活用しない手はないと思うのです。

              H22年11月22日 山下奈々屋号:山下奈々




<ランチェスター戦略の記事を書いた人達> 

                (ランチェスター経営提供小冊子より抜粋)

 ランチェスター法則の研究で1番古い人は、OR本の翻訳作業にも関係した、中原勲平(くんぺい)氏です。弱者と強者という刺激的な表現を最初にしたのは、どうやら中原氏のようです。

 2番目に古い人は、加藤勝康氏です。加藤氏は1959年(昭和34年)10月に出版された「経営学全集」の369頁のところでオペレーションズ・リサーチの方法を紹介するとともに、ランチェスターの法則を簡単に説明しています。加藤氏は当時、近江製菓の専務をしていた人です。

 3番目に古い人は、奥村正二氏です。奥村氏は特許事務所を経営していた人で、1960年(昭和35年)12月16日、「企業間競争と技術」(東洋経済新報社)という本の中で、弱者の戦略の必要性について言及しています。

 4番目に古い人は、林周二氏です。林氏は後に東京大学の教授になった人で、1961年(昭和36年)1月15日、奥村氏より1カ月遅れて「日本企業とマーケティング」の本を出版し、その中でかなり詳しくランチェスターの法則について説明しています。林氏も「競争条件が有利な会社と競争条件が不利な会社とでは経営のやり方を変えるべきだ」と結論付けています。

 5番目に古い人は、池田一貞氏です。池田氏は九州工芸大学の教授をしていた人で、1965年(昭和40年)8月1日に出版された「現代マスコミ統計調査論」の中で、ランチェスターの法則について説明しています。

 内容は化粧品メーカーを事例に、メーカーの経営力はその会社の商品を専門に売ってくれる「系列小売店の数の2乗に比例する」はずであるから、業績を良くするには販売店を多く作るようにすべきだ、と結論付けています。当時は、現在のマツモトキヨシのように多店舗を展開している大手のチェーン店はなく、取引する小型小売店舗が市場占有率の7割〜8割を占めていたという事情がありました。

 6番目に古い人は斧田大公望氏です。斧田氏は1969年(昭和44年)3月6日、日本経済新聞に、1961年の夏から1年をかけて田岡氏と共同で導き出した「市場占有率の3大数値」を説明するとともに、市場占有率の重要性について説明しています。この3大数値はアメリカのマーケティングコンサルタントも気付かなかった日本独自のものです。

 その中に参考資料として普通車の占有率を紹介しています。それによると、トヨタの市場占有率は24.5%、日産は21.6%、本田技研は8.6%になっています。現在トヨタと日産の差は2倍以上になっているのですが、当時はかなり接近していたのです。

 斧田氏は1980年(昭和55年)1月20日、「競争に勝つ科学」の題名で、開発社から出版しています。この本には市場占有率の3大数値を導き出した考え方や、計算の手順が詳しく説明されています。

 7番目に古い人は、宮川公男氏です。宮川氏は一橋大学の教授をしていた人で、1969年(昭和44年)9月26日に、「OR入門」という題名で日本経済新聞社から出版し、5万冊以上売れているようです。

 8番目に古い人は、田岡信夫氏です。田岡氏は1971年(昭和46年)11月25日にビジネス社から「競争市場の販売予測」の中の第7章、占拠率の管理とその戦略の中で、ランチェスター法則と斧田大公望氏と共同で考え出した市場占有率の3大数値を詳しく説明しています。この本は内容が専門的であったことからあまり売れず、この時点ではランチェスター戦略の「ブーム」はまだ起きていませんでした。

 田岡氏は、1972年(昭和47年)12月1日、ビジネス社からランチェスター戦略入門の題名で出版しました。この本はランチェスター戦略を中心に説明していることと、5冊シリーズで出版されたこともあって大ベストセラーになり、ランチェスター戦略の第2次のブームが起きました。

 田岡氏には講演の依頼が多くなり、とても忙しくなっていました。田岡氏は1984年11月に亡くなったのですが、生前、ランチェスター戦略について20冊ぐらい出版されているようです。

 9番目に古い人は、船井幸雄氏です。船井氏は1974年(昭和49年)10月15日にビジネス社より出版した「船井流正攻法」の中で、シェア(占有率)原則について田岡信夫氏と斧田大公望先生の2人が「バーナード・コープマン」の戦略モデル式を使って導き出した市場占有率の「3大数値」を紹介しています。

 10番目に古いのが、ランチェスター経営(株)の竹田陽一です。竹田陽一は、1983年(昭和58年)7月にランチェスター法則を仕事時間に応用した「利益時間戦略」を産能大出版から出版、続いて1986年(昭和61年)6月3日、「ランチェスター・弱者の戦略」の題名でビジネス社から出版しました。この本はサンマークの文庫本にもなったことで合計8万冊売れています。同時にこれまで4,000回の講演をしたので、講演を聞いてくれた人が全国にいます。

 11番目に古い人は、矢野新一氏です。矢野氏は田岡信夫氏の会社に勤めてインストラクターをしていた人で、1986年(昭和61年)3月5日、「ランチェスター地域No.1戦略」の題名でビジネス社から出版しています。その後マンガによるランチェスター戦略の本を出版したことで、若い年代層にランチェスター戦略が知られるきっかけを作りました。矢野氏は講演も意欲的にしていることから、矢野氏の講演を聞いた人は多くいるはずです。

 ランチェスター戦略について独占的占有率を持っていた田岡信夫氏でしたが、1984年11月に亡くなられました。その後ランチェスター戦略の本を書いたり講演をする人が一気に増えました。

                (ランチェスター経営提供小冊子より抜粋) 
  

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